- 意味不明な童謡には複数の怖い解釈が存在する。
- 遊女や妊婦、囚人の悲劇を歌ったという説がある。
- 真相は不明だからこそ今も語り継がれている。
子どもの頃に誰もが一度は歌ったことのある「かごめかごめ」。
しかし、大人になって改めて歌詞を見返すと、「夜明けの晩」「後ろの正面だあれ」など意味の分からない言葉ばかりで構成されていることに気付きます。
その不可解さから、この童謡には古くから数多くの都市伝説が生まれてきました。
実際のところ、歌詞の由来は現在でも定説がなく、民俗学者の間でもさまざまな解釈が存在しています。
ここでは特に有名な3つの説を紹介します。
遊女の悲哀を歌ったという説
もっとも有名な説のひとつが、「かごめかごめ」は遊郭で暮らす遊女の人生を表した歌だというものです。
この説では、「籠の中の鳥」は自由を奪われた遊女を意味するとされています。
一日中客を相手にしながら、いつになればこの生活から抜け出せるのかと願い続けるものの、その願いは叶いません。
歌詞の「いついつ出やる」は、その切実な願いを表しているとも考えられています。
さらに「夜明けの晩に」は昼夜の区別もなく働かされる生活、「鶴と亀が滑った」は男女の営みを暗示しているという解釈もあります。
そして最後の「後ろの正面だあれ」は、次の客がすぐ背後で待っている様子を表しているとも言われています。
どこまでも逃げ出せない人生を、一見無邪気なわらべ歌に重ねたという考察は、多くの人に語り継がれてきました。
流産した妊婦の怨念という説
もう一つ有名なのが、「かごめ」は「籠女」と書き、お腹に子どもを宿した女性を意味するという説です。
「籠の中の鳥」は胎児を表し、「いついつ出やる」は出産の日を待つ様子だと解釈されています。
しかし、ある夜明け前、妊婦は階段から突き落とされ、お腹の子を失ってしまいます。
背景には相続争いがあり、生まれてくる子どもを快く思わない人物がいたという設定です。
そして最後に残る「後ろの正面だあれ」。
これは自分を突き落とした犯人はいったい誰だったのか――。
母親が恨みを込めて問い続ける言葉だとする解釈です。
牢屋で囚人が歌ったという説
三つ目の説では、「かごめ」は「籠」、つまり牢屋を意味するとされています。
「籠の中の鳥」は牢獄に閉じ込められた囚人を表し、「かごめかごめ」は牢の中から外へ語りかける言葉だという解釈です。
「いついつ出やる」は釈放される日を待ち続ける願い。
しかし、その願いが叶う保証はありません。
「鶴と亀が滑った」は、本来縁起の良い組み合わせである鶴と亀が転ぶことから、不吉な出来事を暗示しているとされます。
それは脱獄の失敗や処刑、あるいは避けられない死を意味するという考察もあります。
そして「後ろの正面だあれ」は、自分を迎えに来る看守なのか、それとも脱獄を助ける人物なのか。
その正体が最後まで分からないことが、この説の不気味さを際立たせています。
なぜ「かごめかごめ」は怖い歌として語られるのか
ここまで紹介した3つの説に共通しているのは、いずれも「自由を失った人間」が登場することです。
- 遊郭から抜け出せない遊女。
- 子どもを失った妊婦。
- 牢屋から出られない囚人。
どの説にも確かな証拠はなく、民俗学的にも決定的な結論は出ていません。
それでも、多くの人が歌詞に不気味さを感じるのは、「意味が分からないこと」そのものが想像力を刺激するからなのでしょう。
童謡として親しまれてきた一方で、今なお数多くの考察が生まれ続けている理由もそこにあります。
まとめ
「かごめかごめ」は、遊女の悲哀、流産した妊婦の怨念、牢屋の囚人など、さまざまな怖い解釈が存在するわらべ歌です。
どの説も決定的な根拠はありませんが、意味が明かされていない歌だからこそ、時代を超えて語り継がれる都市伝説になりました。
あなたは「後ろの正面だあれ」が、いったい誰を指していると思いますか。
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