- 病弱な高校生が最後まで走り切ることを決意した。
- 全校生徒の拍手に迎えられ感動のゴール。
- その瞬間を写した一枚の写真に違和感が残っていた。
ある高校でマラソン大会が開催された。
参加者たちは日頃の練習の成果を発揮しながら、それぞれのペースでゴールを目指していた。
そんな中、一人の病弱な男子生徒が学校へあるお願いをする。
「高校生活の思い出として、どうしても走りたいんです」
彼は体が弱く、普段の体育の授業も見学することが多かった。
それでも最後の思い出として大会に参加したいと強く希望したのである。
学校側は慎重に検討した末、本人と家族の了承を得て参加を認めた。
全員の拍手に迎えられたゴール
大会当日。
生徒たちは次々とゴールしていく。
しかし彼だけは最後までコース上に残っていた。
何度も立ち止まりそうになりながら、それでも前へ進む。
沿道からは声援が飛び交った。
教師たちも生徒たちも、彼がゴールする瞬間を待っていた。
そしてついに、彼はゴールテープを切る。
その場にいた全員が大きな拍手を送った。
誰もが感動していた。
だが次の瞬間、彼はその場に崩れ落ちた。
救護班が駆け寄ったものの、彼はそのまま帰らぬ人となってしまったのである。
母親が求めた最後の一枚
数日後。
母親は学校へあるお願いをした。
息子がゴールした瞬間の写真を譲ってほしいというのだ。
最後まで諦めずに走り抜いた姿を手元に残したかったのである。
ところが学校側はなぜか写真の提供を拒否した。
母親は不思議に思った。
感動的な写真のはずなのに、なぜ見せてくれないのだろう。
強く頼み込み、ついに写真を受け取ることができた。
そして自宅で写真を開く。
そこには確かに、ゴールした息子の姿が写っていた。
全校生徒が周囲を取り囲み、盛大な拍手を送っている。
感動的な光景だった。
しかし母親はすぐに異変へ気付く。
祝福ではなかった拍手
写真に写る全員の生徒が、同じ瞬間に目を閉じていた。
まるで申し合わせたかのように。
そしてもう一つ。
誰もが手を合わせていたのである。
拍手をしているように見えたその姿は、よく見ると合掌だった。
祝福のためではない。
まるで亡くなった人へ祈りを捧げるかのように。
生徒たちは彼がゴールした瞬間、すでにその結末を知っていたのだろうか。
それとも写真だけが偶然、そう見える瞬間を切り取ってしまったのだろうか。
まとめ
この話は古くから語られている「意味が分かると怖い話」のひとつである。
最初に読んだとき、多くの人は感動的な物語だと思うだろう。
しかし最後の一文によって、それまでの光景がまったく違う意味を持ち始める。
歓声に聞こえていたものは弔いの祈りだったのかもしれない。
そして写真というものは時として、見たくなかった真実まで写してしまうのである。


